※この記事は2014.02.28に作成された記事です。

先日は日野宿本陣で行われている 「お雛さまを愛でる会」のお知らせの為急いで記事を書きましたが、まだまだ建物のこと、新選組のことなど書きたいことがありましたので番外編として書かせていただきます。
一部写真などが重複しているかもしれませんがお許しください。


日野の名主佐藤彦五郎はこの場所で道場を開き稽古をつけるため近藤勇や沖田総司がこちらに来ていました。
彦五郎の妻のぶは土方歳三の姉で歳三はよくこの家に出入りしていました。
そんな縁もあって天然理心流に入門したのでしょう。

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玄関の間に入ると「文乃武乃」の額。

文武両道という意味だそうです。
玄関の間だけで10畳って広いです!

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ガイドさんが障子を開けて下さったので外を覗いてみると式台の板に子どもの足位の瓢箪が見えました。
彦五郎は瓢箪が好きで南側の縁側にも瓢箪が彫られていました。
今はありませんがお庭の池も瓢箪型です。
この部屋で歳三は良く昼寝をしたらしく、「後でどうぞ寝てみてくださいね」とファンにありがたい言葉が。

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突き当たりの間は市村鉄之助が匿われて2年程住んでいた部屋です。
歳三の小姓の鉄之助は函館から歳三の命を受けて写真などを届けます。
まだ若い鉄之助のことを思い歳三は彦五郎にその後の面倒をみるよう頼んでいました。

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土方歳三の書の先生、本田覚庵(かくあん)の孫の本田石庵(せきあん)の筆。

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南側に上段の間。
昔はここは中の間でした。もっと南側に本当は一番上の部屋(上段の間と御前の間)が
あったのですが明治時代に火事で焼失した有山家にその2間を移したのです。
有山家はご近所らしいですが部屋を挽いていくなんてすごい技術ですね。

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春夏秋冬を表す欄間

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柱に鯉の滝のぼり(ピンボケですみません)と意匠を凝らした造りになっています。

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8畳の納戸
名主のプライベートなお部屋だそうで釘かくしにウサギが。
ウサギは子孫繁栄の印だそうです。

鳥羽伏見の戦いの後江戸に引き上げてきた新選組は甲陽鎮撫隊として甲府に

出陣し、その途中で日野宿に立ち寄ります。
近藤勇や土方を中心にこの広間にたくさんの兵士が集まったと思われます。

しかし歴史は彼らにもっと辛い戦いを強いる事になるのでした。

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追加情報

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日野宿本陣の前にある日野宿交流館1階に観光案内やお土産の販売が移転しました。

観光でわからない事があったら教えてもらえますし広くなって休憩したりも出来ますよ!

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このスポットの情報
スポット名 日野宿本陣
連絡先 042-586-8808
住所 日野市日野本町2-15-9
定休日 月曜日