“布絵”という技法の絵画をご存じですか?
絵筆を取って布に絵を描くのではなく、布の端切れを組み合わせて貼り、絵柄を作っていくというもの。
今回は浜田山にアトリエを持ち、国内外で個展を開いて高い評価を得ている布絵作家、安藤聖子さんを達人としてご紹介します。
●いくら眺めても見飽きることのない布絵
安藤さんの布絵作品を前にすると、ひとつの作品で少なくとも3回は感動を味わうことができます。
まずは、一般的な絵画を見るように絵から1~2m離れた場所から見てみます。どの作品も季節感に溢れ、渋く洗練されたたたずまい。食べ物はおいしそうに、花々は生き生きと描かれていて、そのリアルな描写に思わず引き込まれます。
次に、作品から30cmほどの距離にぐっと近付きます。ここで、これらの絵画が布でできている事実を思い出し、愕然とするはずです。模様の入った細かい端切れを組み合わせて、ここまでのリアルな表現ができるということにため息が漏れてしまう人は多いのではないでしょうか。
その後、布絵から50cmほど離れた場所でもう一度絵の全体像を見ます。すると、布そのものの柄が一見絵のモチーフと関係ないのに、モチーフの中にうまく溶け込んでいることに思わずうなってしまいます。たとえばイカの布絵では胴体に七福神の墨絵が描かれた布を使っています。自然界ではありえない模様ですが、イカの胴体が本来持つ、もやもやとした濃淡がかえってリアルに再現されているのです。
こんな感じで次々と作品を見て行くと、たとえばクラゲの透明なカサがレースだったり、コイのウロコに見える模様が実は花柄の布だったりと、その絶妙な組み合わせに「やられた~!」と思ってしまうこと間違いなし。吸い込まれるようにまじまじと見続けてしまう魅力が、安藤さんの作品にはあるのです。
●古い布が好きなことから魅せられた布絵の世界
このような作品を次々に生み出す安藤さんは、子どもの頃から古い布が大好きでした。もともとお母様が和裁をしていたこともあり、端切れを使ってバッグなどの小物を作っていたこともあったのだそうです。そんな安藤さんと布絵との出会いは、銀座でたまたま布絵作家の宮脇綾子さんの個展を見たときから。
「最初に宮脇さんの作品に出会ったときは、『こんな布で、こんな表現をする人がいるんだ』と衝撃を受けました。私にもできるかしらと思い立ち、当時住んでいた場所の近くで宮脇さんのお弟子さんが教室をしていたので、そこに5~6年通って教えていただきました」
それから12年後、いよいよ布絵作家として独り立ちし、今では安藤さん自身も銀座で個展を開くまでになりました。しかし、モチーフをある程度デフォルメし、素朴で温かみのあるタッチで描く宮脇綾子さんの作風と比べ、安藤さんの作品は、たとえば本物の魚をそのまま乾燥させてペラペラにしたのではないかと錯覚してしまうほど、実にリアルです。
「宮脇さんの生み出す作品は実にすばらしく、大変尊敬しています。しかし、私はあえて違う路線の作品を作っています。個展を出すときに『宮脇さんそっくり』と言われてしまうのはいやだなあと思ったんですよ」
●古布の山に埋もれて、材料探し
布そのものの持つ模様や風合いと、布で描く絵のモチーフとの絶妙な出会い。安藤さんは布絵を制作するとき、モチーフはどのようにして決めるものなのでしょうか。
「お魚を見た時に、これを再現したいと思うときもあれば、古布と出会ったときにこれで何かを作ってみたいと感じるときもありますね」
布絵の材料となる古布は、骨董市をめぐって調達してきます。町田や新宿、浦和などまでわざわざ足を運び、たくさん買い込んでくるのだそうです。
また、描きたいと思うモチーフが見つかれば、安藤さんは外へどんどん出かけてスケッチします。
「クラゲを作りたいと思ったときには、クラゲを水族館にスケッチに行きました。でもフグを作りたいときはフグなんて店頭に陳列されていないので困りました。仕方がないからフグ料理のお店の水槽で泳いでいるのを一生懸命スケッチしましたね」
スケッチが終わればスケッチの上に古布を仮置きし、どの布をどのパーツに使うのか決めていきます。この、布を選ぶ作業が布絵制作の一番の肝。
「私のアトリエは、ボロ布の山なんです。どれひとつとして同じもののない古布の山から、『この模様はどこに使おう』『布絵のあのパーツはどの布からとろう』と考えながらあれこれ探っているのが一番幸せですね」
安藤さんの布絵は、布そのものの持つ柄を上手に生かすのが持ち味。だからこそ、布絵制作では、数多くの布から、どの部分を布絵に使うのか選びだす作業が一番時間がかかるのだとか。
こうして古布から材料を調達できたら、あとはそれを細かく切り貼りしていきます。とても細かい作業ですが、これは4~5時間で出来上がるときもあれば、大きな作品になると、1か月かかる時もあるのだとか。
「作品を見た方からは、緻密な作業をしているのだと思われますが、実はアバウトなものですよ。布絵のいいところは切り取った布が大きければもっと小さく切ればいいし、小さすぎたら他の布で足せばいいところですね」
このような工程を経て布絵が出来上がれば、次に行うのが布絵を貼って展示するための台紙選びです。台紙は古布のときもあれば、流木や廃材を使うことも。貼り付ける台紙ひとつとっても布絵の印象はがらりとかわります。
「いろんなものの上に布絵を置いていくんですよ。これがまた楽しくて、1日くらい費やしてしまいます」
この台紙として使う流木や廃材も、実は骨董市から見つけてくるのだとか。単なるがらくたも、布絵と組み合わさると実に雰囲気のある芸術品に生まれ変わるのだから面白いものです。
安藤さんは、すでに役目を終えたと思われるものに再び生命をふきこんでいるのですね。
●昔の人のリサイクル精神に頭が下がる
新品の織物よりも古い布、それも使い込んだ風合いがあればあるほど魅力を感じるという安藤さん。そこまで古布に魅せられるのはなぜなのでしょうか。
「昔の人は、布はボロボロになるまで何度も使ったんですね。たとえば、帯をほどいてみると、中からボロ布を重ねた芯が入っているんです。こういうボロ布が実は高等な技術を駆使した美しい織物だったりする。それを発見するたび、昔の人はここまで物を大切にしたのかなあと感慨深い思いにひたります」
そして、そういった古布を作品にするのも、安藤さんの創作意欲をかきたてます。
「こういう古布って本来ならタンスの中で眠って、どうしようもないものだったわけですよね。それを引っ張り出してきて展覧会で飾ってもらえるように出世させるという行為が、自分にとってものすごい喜びにつながるんですよね。だから、私の制作活動は、昔の布を作った職人さん、そして慈しんで身につけた人たちとの共同作業だと思っているんです」
ときには200年前の着物を骨董市から見つけてくるという安藤さん。それらに新たな生命を吹き込み、色あせた風合いを上手に生かした作品は、一見の価値ありです。作品は本にもなっているので、ぜひその魅力を堪能してみてはいかがでしょうか。
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安藤聖子さん
アトリエは京王井の頭線浜田山駅下車
もっと安藤さんの作品を見たい方は…
『安藤聖子の布絵帖』(NHK出版)
『布絵のある暮らし 12か月』(NHK出版)
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掲載日付:2008/09/17