八王子に昔ながらの花街が現存することをご存じですか? 八王子の中心地を放射状に貫く目抜き通り「ユーロード」から少し路地に入り込むと、黒塀の建物と柳の木が出迎えてくれる落ち着いた一角があるのです。
そもそも、なぜ八王子に花街ができたのかというと、この地が甲州街道の宿場町であり、織物産業が盛んであったという街の歴史に由来しています。
特に明治時代に入ってからは京都の西陣に代表される全国の商人が八王子まで織物を買い付けに来たときの社交場として料亭ができ、接待のために芸者が集まるようになって、花街が形成されていったのだそうです。
戦前の一時期は300人近い芸者が活躍していたという記録もあるのですが、時代の移り変わりとともに花街が廃れ、現在八王子に芸者は17人しかいないのだとか。
ここで芸者として活躍する、めぐみさんが今回の「達人」です(写真-上)。
●まったくの未経験で飛び込んだ八王子花柳界
八王子の花柳界にめぐみさんが飛び込んだのは約20年前。それまでは花柳界とはまったく関係のない家庭で育ったのだそうです。
「特に家が何かの商売をしていたわけではなかったので、八王子に住んでいたにもかかわらず、ここに花街があるということすら知りませんでした。もともと着物に興味があって、着物が着られるお仕事だからということで、知りあいの方から声をかけていただきこの世界に入ったんですよ」
芸者になるためには、三味線や長唄、日舞などの素養が必要不可欠。しかし、めぐみさんは置屋(芸者の所属プロダクションのようなもの)で芸者修行を始めるまで、これらの芸事とは一切無縁だったのだとか。しかし、まったくの未経験で飛び込んだとはいえ、花柳界の水はめぐみさんによく合ったようです。
「もう毎日が違う舞台に出ているような感じで新鮮なんです。芸者をしていたからこそ会えた人も数知れず。それにこの仕事は一生ものですね。20代でしかできなかったこと、40代になってようやく到達したことなど、歳を重ねるにつれて見えてくる物が違い、面白いんですよ」
ちなみに、稽古やお座敷が辛いと思って投げ出したいと思ったことは一度もないのだとか。たとえうまくいかないことがあっても、あれこれチャレンジして乗り越えてきてしまったのだそうです。人生に対するポジティブさが、現在まで続く精力的な活動の原動力なのでしょう。
●朝から晩まで修行の毎日
めぐみさんに限らず、最近八王子にやってくる芸者志望の女性たちは、大学卒業後やOLからの転職として、大人になってから志願してくることが多いのだそうです。
「ここの芸者は皆やってくるときはごく普通の娘さんなんです。芸事の素養のない人も多いですね。でも、修行を始めて1年すると女の子は変わるんです。お化粧や着物の着こなしだけではなく、独特の雰囲気が身についてきて、だんだん光ってくるんですよ」
未経験者、20代からの挑戦でも構わない八王子花柳界ですが、芸の質を軽視しているわけでは決してありません。
まず、芸者としての1日は実に多忙です。
朝は自宅を出て、早い日は置屋に8時頃集合することも。そこから稽古着の浴衣に着替え、稽古の前のおさらいをしておきます。10時から午前中いっぱい稽古をしたあと、午後からも2時間程度、別の稽古をします。15時頃になると置屋に戻り、お座敷の支度。そこから23時頃までお座敷を務め、日付けが変わるころにようやく帰宅しはじめるという流れなのです。
夜の接客業とはいえ、必ずしも朝ゆっくり寝られるというわけではないのですね。
なお、稽古の必須科目は舞と茶道が必須。茶道は芸として必要なものではないのですが、器の扱い方や立ち居振る舞いのマナーを修練するために役に立つのだとか。あとは長唄と三味線、端唄、小唄、鼓や太鼓、習字などから自分のやりたいものを3~4つ選ぶのだそうです。
「現在八王子では、着物代は置屋が持ち、足袋だけ買えばいいようなシステムになっていますが、お稽古だけは自前で行うようにしているんです。お稽古代を誰かに払ってもらうと、つい怠け心が出てしまいますからね。自腹を切って芸にどんどん欲を出し、邁進してもらいたいと思うんです」
早いスタートではなくても、自分の意志で芸の道を極めようとする八王子の芸者たち。お座敷も修行の場のひとつと考え、一曲覚えたらお客さんに披露していくことを繰り返し、どんどん芸の道を極めていくのだとか。一生をかけて、八王子のお客さんに見守られながら成長していくのですね。
●お客さんの冠婚葬祭にもつきあう八王子芸者
さて、今回の達人、八王子芸者のめぐみさんは、芸者として約20年間現役で活躍するだけでなく、置屋「ゆき乃恵」の女将として後継者の育成に力を入れ、一見さんでも気軽に入れる料亭「すず香」も経営しながら八王子花柳界を守り立ててきました。
めぐみさんが思う、八王子花柳界のよさとはどのようなものなのでしょうか?
「なんといっても、お客さんと芸者の距離が近く、アットホームな雰囲気なところでしょうね。例えば、ご贔屓さんのおじいちゃんが亡くなったら芸者衆は皆でお葬式に行きますし、そのあとの精進落としで私たちが入って接客します。また、ご子息の結婚披露宴をするということで呼ばれて、お祝いの踊りをすることも。それくらいお客さんとは密着したおつきあいをしているんですよ。これには新橋や赤坂の花柳界のみなさんはびっくりなさるみたいです」
芸者を呼ぶお花代が安いというのも八王子の特徴でしょう。芸者を1人呼ぶのに2時間で13,000円。気軽に呼べるからこそお客さまとの距離が近くなるのかもしれません。また、昔はお茶屋遊びといえば一見さんお断りのつけ払いというシステムだったようですが、今は若い人にも気軽に来てほしいということで、「予算は○円なら芸者は何人まで呼べますか?」という相談に応じ、お客さんの予算内での遊び方を提案することもあるそうです。
●廃れかけた八王子花街を再興させるために
このようにどんどんお客さんの間口を広げていくのも、これからの八王子花柳界の発展には欠かせないことなのです。
というのも、八王子では10年ほど前に一時期芸者の数が10人前後まで落ち込み、滅亡の危機を迎えました。三多摩では最後に残った花街ということで、八王子芸者の存在を広く知ってもらい、芸者の数を現在の17人にまで増やしたのは、めぐみさんの奔走あってのことなのです。手作りでポスターを作って町会の掲示板に貼ったり、ホームページを作ったりしたおかげで、また若い人の目に留まるようになり、徐々に芸者の数が増えてきたのだとか。
そんなめぐみさんの奮闘を陰で支えてくれたのは八王子のお客さんたちや自治体の皆さんです。八王子という土地は、古きよき時代のなごりを大切にする風土があるのでしょう。
そしてめぐみさんは、6年前に長らく途絶えていた八王子まつりへの芸者衆の参加も復活させました。
「昭和50年頃の昔の写真には確かに、八王子まつりへ参加していた様子が残っているんです(写真-中)。このままでは花街はすたれていくばっかりですし、なんとかできないものかと思いましてね。そこで、私が置屋を持ってから各所に声をかけて参加させていただくことにしたんですよ」
八王子まつりでは、毎年芸者衆が祭りの前夜に広場で「宵宮の舞」を踊ります。また、祭り当日には芸者が「にわか山車」という仮ごしらえの山車に乗ってお囃子を奏でたり、その前でまといを振ったりして練り歩くのだとか。
特に今年の8月1日~3日に行われる八王子まつりからは、にわか山車が本物の山車に変わり、よりいっそう豪華絢爛な祭りになるようです。
お座敷にいきなり行くのは敷居が高いというのであれば、八王子まつりこそ生の八王子芸者の姿を見られるチャンスです。
一度遊びに行ってみてはいかがでしょうか。
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食事処 すず香
住所:
〒192-0085
東京都八王子市中町10-9
※芸者を呼ぶには、まずは八王子三業組合(見番)まで
042-622-5191
URL:
http://www.aoiro.gr.jp/yukinoe/index.htm
京王八王子駅より徒歩10分
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掲載日付:2008/07/16