京王線府中駅から徒歩10分ほどの場所にある商店街を散策すると、大胆な絵地図のディスプレイが目に飛び込んできて、思わず足を止めてしまうお店があります。
それが今回達人としてご紹介する、村松昭さん(写真-上)の仕事場兼絵地図店「アトリエ77」です。
村松さんはここを拠点に、地形や動植物がひと目で分かる絵地図を制作しています。
●周到に下調べした後、現地に足を運んで作られる絵地図
村松さんの絵地図には、何時間眺めていても見飽きない魅力があります。
そこには土地の起伏、森林や川などの地形、動植物や特徴的な建物がリアルに描き込まれており、まるで現地に迷い込んだような錯覚に陥るから(写真-中)。
そのような絵地図ができあがるまでには、実際に描き始めるまでの達人の労力がものをいうからに違いありません。
達人の絵地図づくりは、まず現地に実際に行って歩くことから始まります。
国土地理院発行の1/50,000と1/25,000の地形図を片手に、ところどころの風景をスケッチして記録していくのです。
「実際に歩いて記録するだけでなく、下準備も欠かせません。たとえば、現地に生息する動植物はどのようなものなのか、あらかじめ資料を頭に入れてから出かけます。運良く自分の目の前に姿を現してくれればいいのですが、渡り鳥や花など季節の関係で見られないものもたくさんありますからね」
そしてもうひとつ下準備に欠かせないのが、地名を調べること。町の名前なら一般的な地図にも載っているのですが、小さい渓谷や滝、峠などの名前はなかなか載っていないものなのだそうです。
「たとえば高尾山の絵地図を作ったときのこと。もちろん高尾山そのものは有名ですが、そのまわりにある小さな山々の名前ってなかなか地図には記載されていないものなんですよね。そして現地に行っても標識がないことが多いんです。そこで、昔の書物を調べたり、現地の人に聞いたりして、細かい地名を記録していくんですよ」
絵地図に描きたいエリアのあらゆる道を歩き、だいたい全貌がつかめたところでさっそく実際に絵地図を描き始めます。しかし、現地調査の記録をそのまま絵地図に落とし込んでいくわけではありません。
「まず、僕の描く絵地図は縮尺通りの正しい形にはなっていませんね。たとえば高尾山の地図では、皆が実際に歩くのは整備されたハイキングロードですから、そこを大きくして周辺の様子を詳しく描いてます。また、動植物の生息情報も、すべて盛り込めばいいというわけではないんですよね。たとえば実際に歩いていると、カタクリという貴重な花が咲いているのに出くわすこともあるんですが、これは絵地図に盛り込んではいけません。場所が分かると乱獲につながってしまる可能性もあるからなんです」
このように村松さんのフィルターを通して絵地図は出来上がっていきます。
丁寧な工程を経て絵地図が出来上がる期間は約1年。印刷と製本・加工を経て店頭に陳列されていくのです。
●口コミでどんどんオファーが来る絵地図の仕事
もともとグラフィックデザイナーだった村松さん。そもそも絵地図制作を手掛けるようになったのは、深大寺付近にアトリエを構えていた頃にさかのぼります。近所の深大寺や門前のそば処、隣接する神代植物公園を盛り込んだ散歩絵地図をリトグラフで作ってみたところ、それを見た人が、「昔こういうのをお寺で売っていたんだよ」と懐かしがり、実際に深大寺で少しずつ売りはじめたのが絵地図職人としての活動を始めた第一歩なのだとか。
さらにそれを見た新潟の印刷所から、妙高や野沢付近の山岳地図を作ってほしいというオファーがあり、実際現地へ赴いて作ることに。そのうち昔からなじんできた東京近郊の山々も絵地図にしたいと思うようになって、奥多摩や高尾の地図を作ったのだとか。これが話題を呼び、全国からオファーが来始め、絵地図制作をメインの仕事にするようになっていったというわけなのです。
●前代未聞の川歩き地図づくりに四苦八苦
そうこうしているうちに、村松さんのもとには山だけではなく川や海辺の絵地図のオファーも来るようになりました。
「山歩きは大変だけど川歩きなら敷居が低いからと、ここ15年ほどで川歩きを趣味としている人が増えてきたんですよ。羽田の河口から多摩川に沿って歩き、1日終わったら電車で帰って次回は前回の終点から歩きはじめる。そうやって10回くらいかけて源流まで歩く人が出てきたんですよね。でも、そういう人のための、源流から河口までの一本の地図って当時は存在しなかった。だから作ることにしたんです」
確かに、多摩川の地図というのは調布エリア、府中エリアなどと分断されているものが一般的。また、奥多摩湖よりも源流は、あまりにも多くの細かい流れが広がっているため、地図にはいちいち記されていないこともよくあります。これを一枚の地図で見せるということは、当時は実に画期的な発想でした。
ただし先例がない分、制作にあたっては苦労したこともたくさんあったようです。
「1本の川の地図ですからどうしても細長い形になりますよね。これを印刷できる場所を探すのにひと苦労でした。一枚の紙では足りなくて、どうしても紙を2か所継ぎ足す必要があるのですが、この加工を満足の行く形で行ってくれるところが東京都では1件しかなかったんですよ」
紙を継ぎ足すとどうしても地図は破けやすくなります。しかし、地図を使う人は地図を広げて現地を歩くわけですから、すぐに破けてしまうのでは役に立ちません。なので、破けにくい紙を作っている製紙店や丈夫な加工をしてくれる製本所を探すのにひと苦労だったのだといいます。
こうしてさまざまな産みの苦しみを経て誕生した多摩川絵地図。その苦労が報われた瞬間は、なんといっても実際に絵地図を手にして歩いている人を見たことだと村松さんは語ります。
「あるとき小学生の女の子がうちに取材にやってきたんです。聞けば学校の総合学習で多摩川のことを調べているとのこと。父親が買ってきた多摩川絵地図に3歳の頃から親しんでいて、その影響を受けて多摩川がとても好きだから、実際に作った私に話を聞きたいといってやってきたんですよ」
物心ついたときから自分の作品に触れて育った子どもと対面できるなんて、作り手冥利に尽きる話ですよね。
●全国の自然保護団体からの熱い視線
こうして出来上がった多摩川の絵地図ですが、環境問題がクローズアップされるにつれて自然保護の意識が高い人たちの目に留まるようになりました。そこでもちかけられたのが遠州灘の絵地図制作の話です。
「静岡県の遠州灘ではウミガメが産卵するんです。この卵を盗掘する人がいるので、産卵が終わったら一旦掘り出し、孵化するまで保護した後放流するNPO法人から、絵地図の依頼があったんですよ。絵地図で周辺の人に遠州灘の自然の魅力を知ってもらい、その売り上げを活動資金に当てるんだそうです」
この浜辺の地図の制作でも、新たな発見がありました。
「浜辺なんて地図で見るとたった1mmか2mmでしょう? この細いエリアに、実に多くの動植物が生息するんです。なかには高山植物に匹敵するような、きわめて珍しい植物も生息しているんですよ」
さらに、これがきっかけで、村松さんのもとには全国のさまざまな自然保護関連のNPO団体から絵地図のオファーが来るようになったのだとか。現在達人は要望に応じて浜名湖、最上川、博多湾など、全国を飛び歩く毎日を送っています。
こういった村松さんの絵地図は、実はアトリエ77のほか東京近郊のミュージアムショップで目にすることができます。もし自然に興味があるなら、その魅力に取りつかれてしまうこと間違いなし。お気に入りのエリアの絵地図を一枚買って、家に飾るのもよし、山歩きや川歩きの供にするのもよしです。
ぜひ、全国の絵地図からこれぞという一枚を見つけてみてください。
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アトリエ77
住所:
〒183-0027
東京都府中市本町1-7-2
URL:
http://www2.odn.ne.jp/cdf21010/
府中駅より徒歩10分
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掲載日付:2008/07/02