人間は環境の動物といいますが、その順応力には我ながら驚いてしまうことがあります。都区内からここ高幡不動に転居した当初は大きなストレスだった長時間のラッシュ・アワー通勤が、慣れるに従い苦痛は減少し楽しみにすらなってしまったのですから。
通勤電車の車内を観察してみると、座席を確保し寸暇を惜しみ眠る人・本を読む人・何やら一生懸命勉強している人・イヤホーンでラジオやら音楽を聴く人・混雑の中立ったまま器用に新聞を読む人・ケータイの画面を凝視する人・ぼんやり窓の外を眺め思いに耽る人、様々な人がいます。それぞれが狭い空間に密着し合いながら、巧みに視線を避け合っているかの様にも見えます。
人間は社会的動物ともいいますが、見ず知らずの人々が押し合い圧し合いする電車内がストレスで無くして一体何でしょう。動物であったならパニックを引き起こし兼ねない様な混雑の中、それぞれが個々の世界に没入することで互いに他を遮断し、ストレスを緩和し合っているのではないでしょうか。逆にいえば、混雑した通勤電車内は自分自身の世界に集中出来る数少ない場所の一つ、ということになります。
家に帰れば酒を飲みコトンと寝てしまう私の場合、京王線での通勤時間こそが唯一ともいえる読書タイムでした。多くの本を読めば読むほど己の無知に気付くものです。己の無知に気づくということは、僅かではありますが自分を客観視出来るようになるということです。もし短時間通勤であったなら、私の人生観は今とは全く違ったものとなっていたことでしょう。
長時間通勤を嘆くことはありません。利用の仕方にも依りますが、あなたの将来を大きく左右する可能性は大きいのです。ただ、自分の世界に没入する余り乗り越されることの無いよう、ご注意下され!
掲載日付:2007/05/27