切り絵風景ハンティング/ふたたびの深大寺:街はぴライター 投稿記事

切り絵風景ハンティング/ふたたびの深大寺
【文化・歴史】【全線】
久保修」さんによって書かれた記事です。  
 調布の近くへ行った帰り、折しも昼時で何を食べようか考えていた。
 空は高く、陽射しもまだきつい。何か食べたいようでいて、何が食べたいのかわからない。通り沿いの店をいちいち覗いてみるけれど、いまいちピンとくるものがない。そのまま品定めしかねていると、一軒のそば屋があった。店の暖簾が風にはためいている。たしかにそばなら、この残暑の昼飯にはおあつらえ向きだろう。何よりも僕がそばが好きだし、それこそ目がないといっていいほどだ。早速暖簾をくぐろうとして「いや、待てよ」と思った。
 この近くには深大寺があるではないか。
 このあたりでそばと言えば深大寺そばがあまりにも有名。この店に入るのも良いけれど、せっかくなら深大寺までそばを食べにいくのもオツだろう。それにアトリエに戻らなくてはならない時間までにはまだまだ間があるから、そばを食べたあとは腹ごなしに辺りを散策してみるのも良い。趣味でめだかやシュリンプ、グッピーを飼い、水草にも力をいれているから、参考のため帰りがけに神代植物公園の一画にある水生植物園へも行ってみよう。プランはどんどんできあがる。僕はすきっ腹を抱えて電車に飛び乗った。
 考えてみれば小さなことかもしれないけれど、そばが食べたくなったから深大寺まで行く、というのも贅沢なことだよなと思う。つましい喜びだとは思うけれど、そういう時間的ゆとりがあるのは幸せなことに違いない。あれもしたい、これもしたいと欲求は多くても、毎日が忙しくてそんな時間的余裕すらみつけられない時のために、日常のぽっかり空いた時間の隙間をうまく利用することがちょっとしたストレス発散になるのだろう。電車に乗りながらふとそんなことを考える。
 さて、この深大寺そばが有名になったのは、今をさかのぼる江戸時代のこと。この深大寺周辺一帯は昔から米を生産する土地として不向きであったため、小作人は米よりも作りやすかったそばを栽培し、そば粉を寺に納めていた。それを寺で打ち、来客をもてなしたのが深大寺そばの始まりとされている。なかでも深大寺そばを有名にするのに一役買ったのは深大寺の総本山、上野寛永寺の門主第五世公弁法親王で、このそばをいたく気に入りあちこちに宣伝した。それを聞きつけた全国の諸大名家から「そんなにおいしいというそばならぜひ食べてみたい」と深大寺の門前に多数の使者が立ったという(今も昔も口コミの影響力たるやあなどれないものがある)。そして、「うまい」と評判になったこのそばは深大寺の名物になったというわけなのだ。
 深大寺そばの店はこの界隈に25軒もあり、店それぞれのおいしさが楽しめる。更科にも似た白いそばでコシが強い。店によって違うとは思うけれど、僕が食べた店では汁は割合甘めだった。のどごしが良くつるりつるりと入っていく。最後にそば湯をいただけば先ほどまでの空腹が嘘のよう。口の中に僅かに残るネギの味さえも満足で、ゆったりとした気分で深大寺の境内へ散策する。
なんでもこの深大寺という天台宗の別格本山は天平5年の奈良時代に創建された寺で、東京では浅草寺に次ぐ古刹なのである。言わずもがなのそばと門前町のにぎやかさと毎年3月に開かれるだるま市、そしてナンジャモンジャの木でも有名である。ぐるりと境内を回って、水生植物園まで足をのばす。
はなしょうぶ園は残念ながら時季を逃していたが、ガマや蓮が水面を覆い、亀が甲羅干しをしていた。園内も中ほどまで行くと辺りをすっぽりと木々に囲まれ、稲が育ち、東京とは思えないようなひなびた風景に変わった。懐かしい気持ちで歩いていると絵の題材によく描くカラスウリが実をつけていた。これから秋の陽とともに紅くなるのだろう。今年最後の蝉の鳴き声を聞きながら僕はスケッチに勤しんだ。
掲載日付:2008/09/24
沿線ライター:久保修さん
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