太陽がアスファルトを溶かさんばかりに照りつける夏のある日、僕は以前から名前を見るたびに気になっていた、芦花公園駅で途中下車をした。道路にはおびただしいほどの車が列を作り、排気ガスによる蜃気楼がゆらゆらと夏の街に漂っている。
この街で途中下車をしたのは、その明快な駅名と関係がないとは言えない。夏の日盛りに所用で外出して、どこか緑の多いところでホッとひと息つきたかった。クーラーなどの人工的な涼しさでなく、緑の中を吹き渡る風に火照った体を鎮めてもらい、その涼風のなかで蝉しぐれを聴くのも一興だと、そう考えたのだ。それを僕は夏の正しい過ごし方だと思っている。クーラーの効いた部屋でごろごろするのは悪くはないけれど、一年に一度しか来ない夏を満喫するのだって悪くはない。そのほうがビールだってうまい。一日中涼しい部屋にいてビールを飲むのと、だらだらと汗をかき、暑い夏を体感した後に飲むビールとでは、どちらがうまいかなんて一目瞭然である。(おっと、ついつい酒を飲む口実みたいな話になってしまったな……)
僕は「都立蘆花恒春園」と書かれた看板を伝って歩いていった。車が途切れる頃にはいつのまにか閑静な住宅地に入り込んだようだった。厚い壁に囲まれ、高くした土台に古い建築の立派な家が建っている。その大きさに感心して、その塀が途切れるあたりを道なりに回ると、突如、ガラス張りの近代的な建物が現れた。
ここは世田谷文学館。世田谷にゆかりのある作家を中心に企画展示が行われる博物館で、訪れた時はちょうど、宮脇俊三氏の没後5年を記念した鉄道紀行展が開催されていた。早速のぞいてみることにする。
宮脇俊三といえば鉄道紀行文の第一人者で、老若男女、鉄道好きのみならず、旅好き、ローカル線好きの人にとっては神様のような存在の人であった。国鉄全線を乗りつくし、その旅の模様を記録した「時刻表2万キロ」(河出書房新社刊)など、読んだことのある人は多いと思う。何を隠そうこの僕も、宮脇俊三氏の本にはよくお世話になった。というのも、若い頃はずいぶん日本の各地を旅して歩いた。絵を描くために旅に出たのか、それとも描きたい絵を見つけるために旅に出たのか、結局はそのどちらともだと今となっては思うけれど、その時は心の赴くまま足の続く限り、あちこちへ行き、気がついたら都道府県すべてを制覇していた。時刻表を片手に、いかに効率よく乗り継ぎができるかを考えるのが楽しく、また宮脇氏がまた行っていないような路線を探すのに夢中になったりした。今思えば、なんでも機械化され効率よくなった現代と比べて、まだまだ不便なことが多かったあの頃のほうが、鉄道の旅の本来の楽しさというものがあったように思う。この展覧会を見ながら、当時のことを思い出し、無性に懐かしい気持ちになった。満足な気持ちで世田谷文学館を出る。
蘆花恒春園を目指して住宅街を歩いていると、時々竹林を見かけた。ここら辺は昔から「粕谷の竹林」と呼ばれる一帯で、すぐに辿り着いた公園内にも竹林や、コナラ、クヌギなどの雑木林に覆われていた。緑豊かな地なのだろう。先ほどの太陽に照らされた路地と打って変わって、辺りは柔らかく涼しい風が吹きぬけていく。
ここは明治の文豪徳富蘆花が後半生を過ごした場所で、現在ではその広大な土地、遺品、住居跡が一般に公開されている。母屋と呼ばれる旧宅への見学も自由で、往時の姿をしのばせる古風で頑丈な造りの建物だった。こうやって貴重な文化遺産を後世の人々のために伝えていこうとする姿勢はつくづく素晴らしいものだと思うし、そのためにできることはしたいと思う。
蝉しぐれを浴び、竹林を吹き渡る風に目を細めながら、僕は暑い夏の一日を楽しんだ。
掲載日付:2008/08/27