切り絵風景ハンティング/駒場東大前:街はぴライター 投稿記事

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切り絵風景ハンティング/駒場東大前
【文化・歴史】【全線】
久保修」さんによって書かれた記事です。  
 電車のなかは混んでいた。
 通勤ラッシュと呼ばれる時間帯をいくらか過ぎた頃なのに、隙間もないくらい人が乗っている。僕が電車に乗るのはたいがい休日が多く、平日といえば昼近くかもしくは昼下がりが多い。朝の光を浴びて新しい一日の始まりに輝いている車窓よりも、夕焼けが沈み込むさまを見ながら夜に突入していく電車のほうが僕にとっては馴染みが深い。そんな僕が今回降り立ったのは「駒場東大前」。言わずと知れた学生の街である。知の集結であるこの街には訪ね歩くに適した場所がいくつもあるのだ。
 まず最初に向かったのは駅から歩いてすぐの「日本民藝館」。ここは民藝運動の創始者であり、美学者であった柳宗悦を中心に、その同志や有志の援助のもとに開館された博物館的要素も高い、美術館である。
 建物は本館木造瓦葺2階建、新館鉄筋2階建と柳宗悦の住まいであった西館(毎月第2第3水曜日と土曜日のみ公開)の木造2階建によって構成されており、この西館には栃木から移設された明治初期の珍しい石屋根長屋門がある。収蔵品の種類は極めて多彩で、日本や海外の陶磁器を筆頭に、織物、染物、絵画、木漆、金、工、石、竹、紙、皮などの工芸品や硝子、彫刻、編組品など17,000点が展示されていて、3ヶ月ごとに陳列を変えながら、柳宗悦の提唱した民藝の美の標準である「健康の美」「正常の美」を存分に堪能することができる。
 展示品を一つひとつ見て行きながら、海外の展示品のみならず、日本各地で生活のために培われてきた民藝品の圧倒的な存在感や美しさに僕は驚きを禁じえなかった。そこにあるのは素朴で温かみのある美しさで、柳宗悦の言う、まさに「健康美・正常美」に他ならなかった。僕の切り絵画家としての仕事にとっても学ぶところは非常に多く、大満足な気分で日本民藝館を後にした。
 初夏の陽射しのなかを道なりに進むと駒場公園のなかに入った。木々の間を縫うように歩いていくと、とたんに視界は開け、タイムスリップしてしまったのかと目を疑ってしまうほど、瀟洒な建物が現れた。旧前田公爵邸洋館である。
 昭和4年に建築されたこの建物は、開館が土曜日と日曜日のみなので、平日に行った僕は残念ながら中に入ることはできなかったけれども、往来の姿を偲ばせる、優雅でモダンな建築物であった。またこの洋館をまわると同じく旧前田公爵邸和館があり、新緑の美しい日本庭園を拝見することができる。ちなみにこの和館は申し込むことによって茶道や華道、俳句などの集まりにも部屋を貸してくれると言う。歴史ともに気品のある場で趣味の集いを楽しめるなんて、なんという贅沢なのだろうかと思う。そしてその和館の前には、日本近代文学館が威風堂々とした様子で建っている。
近代文学の錚々たる作家たちの直筆原稿や美しい装丁の本、作家やその関係者たちの写真などの資料が並び、近代文学の礎を目の当たりにできる。その他にも研究室や閲覧室、資料室があり、時間があれば貴重な資料を丹念に手繰ってみるのも面白いだろう。
 やはり学生の街、知が日々研磨され、様々な情報が収集され発信される場所だけのことはあって、街は静かにけれど熱気に溢れ、過去から未来へと延々と続くパワーに満ちていた。学問や芸術の持つ底知れぬエネルギーを全身で受け取った一日であった。だが、巨大なエネルギーを受け取るということは腹が空くことでもある。いやちがう、たくさん歩きまわったからってお腹が空いたわけではないのだ! と言いつつ、帰りは東京大学内のルヴェソンヴェール駒場でしっかりフレンチを食べたということはここだけの秘密である。
掲載日付:2008/05/28
沿線ライター:久保修さん
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