切り絵風景ハンティング/吉祥寺:街はぴライター 投稿記事

切り絵風景ハンティング/吉祥寺
【文化・歴史】【全線】
久保修」さんによって書かれた記事です。  
 仕事の打ち合わせで吉祥寺にやってきた。時計を見ると、約束の時間まではまだだいぶある。天気は特に寒いというわけでもなく、陽射しもどちらかと言えば春特有のうす曇というやつで、歩くには適した陽気である。そうなると僕の腹の虫、でなく散歩の虫が歩けと鳴きだす。鳴かれて歩かないわけには行かないので、僕はぶらぶらと辺りを歩くことにした。
 それにしてもいやはや、吉祥寺の人の多さには驚いてしまう。平日の午後だと言うにもかかわらず、この人の多さ! 大阪の心斎橋顔負けのにぎやかさなのである。(大阪暮らしが長かった為、なぜか比べてしまう・・笑)
 たしかに吉祥寺と言えば、成蹊大学や武蔵野大学があり、また武蔵野の面影を残す井の頭恩賜公園もある。ジャズ喫茶やライブハウス、ミニシアターが多いのも特徴で、サブカルチャーの発信地としても名高い。まさに学んでよし憩うてよし遊んでよしと三拍子揃っている街とあれば、人が集まってくるのは自然の摂理としか言いようがない。
 そんなにぎやかなイメージの強い街だけれども、一歩足を踏み入れば、喧騒とはたちまち無縁の閑静な場所があるのも吉祥寺のもう一つの魅力とも言えよう。
 それは、ほぼ一角に集まった寺社仏閣のことである。
 人でにぎわうアーケード沿いに月窓寺、光専寺、蓮乗寺とあり、通りを挟めば安養寺、武蔵野八幡神社と続く。木々が生い茂るなか境内は荘厳な雰囲気に包まれ、花が咲き、鳥が羽根を休める枝を求めて飛び交う。交通量の激しい道路、商店街の呼び込みの声や店内の音楽、人々のさざめきは見えない壁に遮断されたかのように静寂と化してしまう。
 吉祥寺には寺が多い、というのが僕の率直な感想だった。それと同時に一つの疑問が湧く。吉祥寺という名の街にもかかわらず、吉祥寺という名の寺がどこにもないのだ。これはいったいどうしたことなのだろう。
 調べてみたところによると、やはり吉祥寺に同じ名の寺はなく、その名の由来となった寺は現在、東京文京区駒込にあり、もともとは江戸時代に水道橋付近にあった曹洞宗諏訪山吉祥寺を指しているという。なんでも、江戸三大火のうちのひとつに数えられる明暦の大火(1657年)の際、その門前町の住人が罹災したため、そこに住んでいた浪士が土着の百姓と協力して武蔵野一帯を開墾し、門前町の住人を移住させたのが始まりだと言う。この門前町の人たちは愛着のあった吉祥寺という名を移住地でも使い始めたため、寺のない吉祥寺という街が出来たというわけなのである。なーるほど。ちなみに蛇足だが、この諏訪山吉祥寺という寺、室町時代に太田道灌によって開基され、境内には後の駒沢大学の前身となる「栴檀林(せんだんりん)」という学寮があり、常時千人あまりの学僧が学んでいたという歴史のある寺でもあった。
 
喧騒と静寂と両方を行き来して時を楽しんだ僕は、再び駅前に戻ってきた。
 かつて門前町に住んでいた人々のDNAが残っているのか、駅周辺でも門前町よろしく、今も雑多なにぎわいを見せている。特にうまいもの屋の行列が目を引く。メンチカツ、羊羹、鯛焼などなど。人々は朝昼と問わず、長い待ち時間もなんのそのと、平気そうな顔をして並んでいたりする。吉祥寺は味な街でもあるのだ。また、その商店街のなかには「ハーモニカ横丁」と呼ばれるディープな一角がある。ここは戦後すぐから開かれた横丁で、飲み屋、魚屋、八百屋、洋服屋等々の店がひしめき合っている。僕おすすめの、吉祥寺に来るたびに立ち寄らずにはいられない、そんな場所なのである。
そこで、東京うどを見つけた。うどは、数少ない日本原産の野菜だそうだ。もともとは、吉祥寺うどと呼ばれており、武蔵野八幡宮周辺で栽培されていたそうだ。現在は、残念ながら都市化に伴って栽培面積は減少していると聞いた。しかし他に例をみない純白に育ったうどは、酢味噌和えにしてもいいだろうし・・きんぴらもいいな・・・と立ち止まり考えるのが楽しい。春が近いな~!
 打ち合わせが終わったらうどを買って帰ろう……と予定を立てて、僕の吉祥寺探訪は終わったのであった。
掲載日付:2008/04/09
沿線ライター:久保修さん
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