ここは真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺。高幡不動と言ったほうが有名だろう。火伏せ、交通安全にご利益があると言われ、初詣や縁日である28日は多くの参拝客で絶えない。
京王線「高幡不動」駅を降りて、高幡不動尊参道を歩けばすぐの古刹(こさつ)だ。創建は古く、大宝年間(701)以前とも、奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられているが、今から1100年前の平安時代初期に慈覚大師円仁が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされているという。重要文化財に指定されている不動明王を本尊とし、関東三大不動の一つでもある。また、境内では新撰組副隊長の土方歳三の銅像が置かれ、その菩提寺としても名高い。
そんな由緒正しき名高い寺に、霧雨が降るなか僕はぶらりとやってきた。日曜であったためか天候があまり良くないにもかかわらず、参詣客は多く、そのほとんどが家族連れだ。小さな子どもから大人まで一心に祈る姿が信仰の深さを感じさせる。
そんななか、僕はひょんなことから一人の老人と言葉を交わすことになった。「これからの時期紅葉も綺麗だけど、ここのあじさいは、ちょっとした見ものですよ。何せ、7500株くらいのあじさいがここぞとばかり咲き誇るんですからな」そう言って老人はその光景を思い出すかのように目を細めた。老人はよくここに参詣にくるらしい。「高幡不動山内に四国八十八ヶ所霊場を模した、山内八十八ヶ所という巡拝コースがあって、美しい花々を見ることができ、また歩くことで健脚にもなるし、この巡拝コースはまさに一石二鳥なのだよ」と楽しげに笑みを浮かべた。御年八十二歳にはとても見えない元気はつらつとした姿に、なんだか頭が下がる思いである。
あなたはどこからおいでかな、と問うので、「新宿からです」と答えると、老人は頷き、こんな話を聞かせてくれた。
「今はモノレールもでき、駅ビルも建って、特急電車も止まる便利な街になりましたけれど、昔はこのあたりも田んぼばかりでしてね、蛙がたくさん鳴いておったものです。駅の北側を流れる浅川では鮎漁が盛んで、渡し舟も通っていたし、カワセミの姿も見られました。それらはもう無くなってしまったけれど、今でもその浅川の土手から天気の良い日は富士山の姿も見ることができるんですよ」
「富士山!」と聞いてびっくりした。東京でも富士山の姿が見られるところは少なくなり意外や意外。驚いていると、老人は空を見上げて、
「しかし、せっかく新宿からおいでになったのに雨降りとは気の毒」と残念がってくれた。「街は移り変わって行くのが常ですが、このお寺のように、1100年も前から姿を変えることなく我々の生活を見守っていてくれるご不動さまがいらっしゃるというのは心強いものです」と老人は言った。実感のこもった深い言葉である。今や近隣には多摩動物園、多摩テックといったレジャー施設があり、また中央、明星、帝京といった大学もあり、多くの学生たちのために開かれていて、高幡不動は若さと活気に満ちた街である。その一方で、老人が言っていた心安らぐのどかな風景も残っているのだ。
老人にお礼を言って別れを告げ、境内をまたひと歩きした。おや、霧雨が止んできたようだ。これなら虹も期待できるかもしれない。富士山にかかる虹を想像しながら、僕は高幡不動を後にした。
掲載日付:2007/10/12