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京王沿線 昭和を探検する旅
京王線
仙川駅 周辺
京王線
京王線(1969年)。
昭和30年代に活躍していた車両。
ボディの色は緑色の「2600系」。
芦花公園付近にてアルバイト中に撮影。
京王線仙川駅は北側に平行して甲州街道が通り、南側に約300メートルほど 仙川商店街がある。
現在の仙川は都市開発が進み、懐かしい昭和の風景を発見することは極めて 困難という印象をうけた。
しかしそこであきらめてはいけないのだ、全国約400ヶ所ほどのあらゆる町を 歩いてきた経験を持つこの私。
きっと捜せば必ずどこかに何か発見できるだろうと、早々に下町風情の雰囲気のある仙川商店街からスタートした。
下町の雰囲気を持つ仙川商店街
この商店街は間が約4メートル程の、けっして広い通りではないものの、両側には色々な店がびっしりと並んで、なかなか活気のある商店街となっている。
もっともそれら店の多くはどう見てもそう古いものではないようだ、と少々期待はずれか、と思っていたところ商店街の中ほどに、何やら軒が低く間口の狭いレトロな店を発見した。それは居酒屋さんだった。中をのぞくと、5〜6人ほどしか座れないカウンターのみだった。きっと夕方以降、会社帰りのお父さんらで混むのだろうなどと勝手に想像してみた。
仙川商店街
仙川商店街
下町的雰囲気がある
レトロな居酒屋
レトロな居酒屋
商店街の賑わいも、桐朋学園のある交差点までなので、再び商店街をもどり甲州街道の北側へ出ることにした。
甲州街道に出る手前にて「古本購入」という文字の入った黄色の目立つ看板を発見。まさか仙川で古本屋さんと出会うとはついぞ思ってもいなかった。看板もどことなくレトロだった。

ということで仙川商店街では二つ懐かしい対象を発見することができて、少々ホッとした。
何も考えずに歩いていれば気にもならないことだが、少し視点を変えれば色々なものが目に入ってくるというもの。
すなわち街をジャングルにたとえて、自分の発見したいものを獲物とし、それを落とすヤリをカメラと考えればよいのである。
しかし、その獲物はあるときはカメレオンのように擬態のように隠れていたりするので、それを見つけ出すつもりで風景を観察すればよいということになる。

仙川古本屋
仙川古本屋
甲州街道沿い〜北側は昭和の宝庫
さて、そんな見方をしながら私は、ケヤキ並木の美しい甲州街道に出た。
かねてより甲州街道沿いには蔵が多く目に入っていた記憶があるので、甲州街道を下って少し歩いてみたら、案の定、二陳の大谷石造りの蔵が見えた。
大谷石は湿気を中に入れないので蔵の部材としてよく利用される。
しかしこの二陳とも空家の庭に建っていた。
甲州街道の並木
甲州街道の並木
仙川の蔵
仙川の蔵
次に甲州街道の向かいを見ると、小さな木造の家の下に、ホーロー看板を発見!
大きさも40cm×60cmほどと大きい。
薬の広告看板でおそらく昭和40年前後のものと思われる。
今となっては板張りの家の一部と化しているのが印象的だった。

ホーロー看板は昭和30年代から40年代ころにかけて全国のいたるところに張られたものだが、最近都内ではその姿を見かけることが少なくなってきた。いわば絶滅危惧的存在となっている。
ホーロー看板発見!
ホーロー看板発見!
甲州街道を突っ切って北に歩いてみる。古い民家にシュロの木が植えてある。
今回は他でも数ヶ所シュロの木のある家を発見した。
戦前から戦後昭和40年ころまでの、敷地に余裕のある住宅に植えるのが流行したようであり、それらの名残りが各所に残っているものと思われる。
仙川に出る手前の三ツ叉交差点の左に「庚申塚」がある。庚申塚は干支のかのえさるにあたる夜は寝ずにいることにより悪いものが体に入ることを防ぐと信じられていた名残りのもの。主に江戸時代の農村地区に建てられ、道しるべの役割も果たしていた。年代は宝永年間とあるので約300年前であることがわかる。
シュロのある家
シュロのある家
庚申塚
庚申塚
庚申塚先の弁天橋を渡ると左側に銭湯「日の出湯」があり、その右手には昭和30〜40年ころに建てられた団地がそのままの姿で残っていた。団地前の八幡神社の境内には風化した立派な狛犬が建っていた。
年代を見ると、慶応元年(1865)と刻まれていた。
仙川駅付近はおそらくかつてはのどかな農村地帯だったことを物語る興味深い対象も残っていた。
日の出湯
「日の出湯」
調布市緑ヶ丘1-10-7
16:00〜23:30 月曜休
八幡神社の狛犬
八幡神社の狛犬